【相続】公正証書遺言が無効になる2つのパターン

公正証書遺言

公正証書遺言は、「公正証書」といって、公証人役場において所定の手続きを踏んで作成される遺言書です。作成時に公証人役場のチェックが入るため、形式的なミスや誤字・脱字などを回避することができます。

専門化が関与して作成されることから、自筆証書遺言と比べてリスクが低いと考えられていますが、無効となるケースがないわけではありません。

弁護士法人ACLOGOSでは、公正証書により作成された遺言書について無効判断をした判決を得た実績もございます。

本コラムでは、実際の経験も踏まえ、公正証書遺言が無効となる主な2つの原因を解説します。

遺言が無効になる理由① 遺言能力がない

遺言能力

遺言が無効になる場合として、遺言者本人に遺言能力がないというケースが考えられます。

遺言能力は、遺言の内容を理解して、財産の分配について判断・決定し、その効果を弁識することができる最低限の能力を言います。

ほぼ同義の法律用語として、「意思能力」があり、これは法律上の効果を伴う意思表示を内容とする行為(「法律行為」といいます。)一般に共通する有効要件ですが、実際上の違いはほとんどないと考えてよいでしょう。

遺言能力は個別の行為との関係で決まる

遺言「能力」というと、何らかの絶対的な基準があり、一律に遺言を作成できるかどうかが決まってくるかのような印象を受けます。

しかしながら、遺言能力は一律に「ある」かどうか定まるものではなく、遺言者が作成した、特定の遺言との関係でその有無が決まります

遺言能力を説明する際に「6、7歳児程度」の知能という表現を使用することがありますが、これは最低限の能力値を表現したものであり、「6、7歳児程度」の知能もなければどの様な遺言も無効となる可能性が高いですが、「6、7歳児程度」の知能があるからといって、遺言が有効とは言えないのです。

また、遺言能力はその「作成時点において判断されます。したがって、遺言作成後に認知能力を回復したとしても、遺言時点においてせん妄などにより判断能力を欠いていれば無効となります。

遺言能力の判断要素

遺言能力は、遺言作成時の本人の能力だけでなく、さまざまな要素を考慮して判断されることになります。どの様な要素を考慮するかが法律で決まっているわけではありませんが、判例(裁判例)などで挙げられている要素は次のようなものです。

①遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度

②遺言内容それ自体の複雑性

③遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等

(東京地方裁判所民事部プラクティス委員会第二小委員会『遺言無効確認請求事件を巡る諸問題』判例タイムズ1380号10頁)。

中心的判断は①と②ですが、遺言が無効となるケースでは、多くの場合③についても不審な点が見受けられることが多くあります。特に、判断能力が低下した人の遺言書では、相続人や相続人の関係者の補助が必要な場合が多く、注意が必要なのは、相続人や相続人の関係者が、遺言者に遺言書を作らせるような行動に出ていたかどうかは重要です。

よくある不審な遺言書の特徴として、相続人が遺言者に「名前を書く練習をさせていた」、「本人が入院中なのに外出させて遺言書を作成した」という場合があります。こうした兆候がある場合には、本人の意思によらずに作成された可能性を疑ってみる必要があります。

また、遺言書が2通も3通もあったり、不自然な改訂が行われている様な場合、本人の意思ではなく、相続人やその関係者が遺言作成を主導した可能性があります(私が裁判で遺言無効の判決を得た事案では遺言書がなんと4通も出てきたという事案もありました。)。

見当識の障害/せん妄症状の有無

判断要素①の精神医学的見地からの認知能力において重要なキーワードとして「見当識」という言葉があります。これは、時間・場所・人間関係など自分が置かれている基本的な状況の理解力をいうものです。

カルテや医療情報を取り寄せたとき、「見当識の著しい低下」という言葉や看護記録から見当識の低下を伺わせる状況が記録されている場合、例えば近親者なのに「誰なのか判別できていない」とい記載がある様な場合には、遺産の分配も適切に判断出来ていない可能性が高いと言えます。

また、せん妄は、恒常的な意識障害というよりも、短期的・一時的に意識が混濁したり、興奮・不安状態に陥ったり、あるいは、幻覚・幻聴を体験するというような場合です。せん妄の症状がみられる場合には、遺言作成時において、そのような症状が発生していなかったかどうかという観点から立証をしていく必要があります。

HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)/MMSE(認知症スクリーニング検査)

遺言無効裁判において、非常によく使われる指標として、長谷川式簡易知能評価スケールやMMSE(認知症スクリーニング検査)という簡易検査があります。大まかに遺言無効となる可能性が高いか低いかを判定するのに有用です。

ただし、この検査は、あくまで遺言能力を判断するに際の参考値に過ぎず、これらのテスト結果から直接的に遺言無効の判断をすることはできないという点には十分注意してください。

【検査結果と遺言無効となる可能性の高さの関係】

HDS-R MMSE
  低 20点以上 20点以上
  中 11~19点 10~19点
  高 10点以下 10点以下

また、認知能力そのものではなく、脳の萎縮状態を判定するものとしてVSRAD(ブイエスラド)があります。遺言作成直近の医療記録が残っているというケースはむしろ稀で、通常は、遺言作成よりも若干前後いた医療記録しか残っていないことが多くあります。この様な場合に、脳の萎縮の進行状況から遺言作成時点における、認知症の進行度合いを推測する手掛かりとして利用することがあります。

脳梗塞型認知症とアルツハイマー型認知症

認知能力が低下する代表的な例は「認知症」ですが、認知症には脳血管性のものとアルツハイマー型の認知症があります。

脳血管性(脳梗塞・脳内出血など)の認知症は広く浅く認知能力が落ちていくというよりも、特定の領域について認知能力が低下するケースが多く、他方、アルツハイマー型認知症では全体的に徐々に認知能力が落ちていくという傾向があります。

脳血管性の認知症の場合には、どの領域の認知能力が低下していたのか、という観点で考えることが立証活動において重要になってくる可能性が高いと言えます。

遺言書が無効になる理由② 方式(口授)の違反

口授の意味

公正証書遺言を作成する際には、その内容を遺言者が公証人に対して「口授」しなければならないとされています。

この手続きは、遺言者が遺言書の内容を理解して、自らの判断で遺言を行ったということをできるだけ担保しようとするものであり、口授がない、あるいは、民法の趣旨に照らして不当な口授が行われた場合には遺言書が無効となります。

口授の程度

口授とはいっても、遺言者は高齢者であることが多く、遺言内容をすべて自発的にスラスラ話せるということは、滅多にありません。

そのため、公正証書遺言の作成の現実としては、ある程度の補助や誘導が必要な局面は出てきます。しかしながら、どの程度の意思伝達行為があれば民法が想定する「口授」と言えるのか、がここでの問題です。

ア 口授とは,遺言者が,自分の言葉で財産を誰に対してどのように処分するのかを語ることを意味する

イ 用語,言葉遣いは別として言葉自体により,遺言者の遺言の趣旨を理解することができるものであることを要する

ウ, 公証人の質問に対する肯定的な言辞,挙動をしても,それだけで遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授したということはできない

東京高裁平成27年8月27日判決(判例時報2352号)の要点

この様に口授は、遺言能力の判断と同様「どの財産を誰に対して分配するか」という判断過程が見えるように行わなければなりません。

この際、言葉遣いや用語が不正確であっても、その場にいた公証人や証人が分かる様な形であればよいので、口授の際に厳密に地番を特定していなくても、例えば「自宅は長男にゆずりたい。」と遺言者が述べ、これに対して公証人が「自宅とは○○町〇番の土地建物ですか?」と確認して、「はい」と答えたような場合であれば問題ありません。

しかしながら、そもそも公証人が、「遺言の内容はこの紙に書いてある通りですね?」と尋ねたり、「〇〇番の自宅土地・建物はご長男に譲るのですね?」と尋ねて、「はい」と答えたり、うなずいただけでは「口授」とは認められません。

口授の程度も本人の能力・健康状態との関係で決まってくる

もっとも、口授としてどの程度の内容を求めるかは、本人の能力や健康状態とも関わってきます。本人の能力や健康状態に全く問題がないのに、むやみに形式面を厳格にしてしまうと、本人の意思に沿った遺言まで無効になってしまう可能性があります。

したがって、本人のその当時の認知能力や健康状態(耳や目の健康状態、会話能力の程度など)によって、法的に求められる口授の程度は異なります。認知能力や健康状態が悪化している場合には、分かりやすい言葉での問いかけが必要ですし、遺産に関する指示も慎重に判断しなければなりません。

公証人は医師ではない

ここで重要なのは、公証人は医師ではありませんし、遺言者と時間をかけて面談などを行うわけでもないということです。耳が遠かったり、目が悪かったりということであれば、ある程度その場で注意することもできますが、認知症の場合、一応会話が成り立つ場合もあり、この様な遺言者の認知能力を公証人が瞬時に判断することはかなり難しいのです。

そのため、一見話が成り立っている様に見えるけれど実際には認知能力の低下が著しい様なケースでは、公証人としては理解できているものとして手続きを進めてしまうこともあり得るのです。

不審な遺言を見つけたらすぐにご相談ください。遺言無効は高度な法的判断です。

遺言が無効かどうかは精神医学的見地からの認知能力を基本とし、これに遺言内容の複雑性、動機、人間関係等や民法の定める手続き及びその趣旨・目的を考慮して行う高度な法的判断です。

弁護士法人ACLOGOSでは、訴訟によって、公正証書遺言を無効とした実績があります。沖縄で不審な遺言書を発見した際には、すぐにご相談ください。

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