原状回復義務とは
原状回復義務とは、賃貸借等の目的物を借りた当初の状態に戻して返還しなければならない義務です。
家屋の賃貸借であれば、建具の破損、壁の落書き、タバコのヤニなど様々なものがあります。原状回復義務の範囲それ自体にも多様な議論があるのですが、今回は、その中でも
「原状回復義務は1年で消滅する」
という重大な勘違いについて解説を行います。
勘違いの原因
勘違いの原因は以下の条文によるものです。
【民法600条1項】契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償(中略)は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。
【民法600条2項】前項の損害賠償の請求権については、貸主が返還を受けた時から一年を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
(なお、使用貸借に関する規定ですが、賃貸借にも適用(準用)されています。)
この条文は、「契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償」。つまり「用法違反による損害賠償」についてのものです。
しかしながら、なぜ勘違いを生むのかと言えば、しばしば、原状回復義務と用法違反による損害賠償は重複するからです。
例えば、子供が暴れて壁に穴をあけてしまった場合、原状回復義務と用法違反の損害賠償が重複します。そうすると、用法違反による損害の側面もあるのだから、民法600条が適用される結果、1年で権利行使できなくなる。
この様な考えに至るわけです。
しかし、この考え方を採用してしまうと(用法違反なく)普通の使い方で発生した原状回復義務は、民法の原則に従って時効に5年間が必要なのに、なぜか用法違反の使い方をしていた場合の原状回復義務は1年で消滅することになり、悪いことをした人が救済されることになります。
もしその様な解釈が成立するなら、返還から1年を超えて原状回復請求を受けたとき、借主は「わざと壊したから権利は消滅している」と争えることになりますが、それがバカげていることは明らかでしょう。
原状回復義務は、賃貸借契約ないし賃貸借契約の本質から認められる損害賠償とは別個の義務であり、たまたま用法違反による損害賠償とその範囲が重複したとしても、民法600条の適用(準用)は無いのです。
弁護士事務所のホームページや、他士業のホームページなどでも原状回復義務が1年で消滅すると書いてあることがありますが、十分な検討を行わずに掲載されたものと思われ、適切ではありませんので、注意が必要です。
補足
重要な部分は以上のとおりですが、法解釈に興味がある方に向けて、そもそも、損害賠償請求権が1年の期間制限に服する定めの趣旨について補足いたします。
損害賠償請求権は、以下、いずれかの場合に時効で消滅します。
① 用法違反による損害発生から5年又は10年
② 損害および加害者を知ったときから3年
③ 用法違反行為から20年
ただ、賃貸借契約は性質上長期間継続することもありますし、相手方が借りている間には問題が発覚しないことが多いため、相手方が賃貸目的物を使用(占有)している間に時効が完成してしまうとすれば不合理です。
そこで、本来は、上記①ないし③のルールにより時効消滅してしまうところを延長して、目的物の返還後1年を経過するまでは時効完成を猶予しているのです。
ただ、不法行為や契約違反による損害賠償と原状回復義務が両立することがあり、両立した場合において、原状回復義務までこの期間制限が適用されないことは、上述した通りです。