【新判例紹介】会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない、とされた事例。 ―最高裁令和3年7月19日判決―

監査役の責任

【新判例紹介】 最高裁令和3年7月19日判決

事案の概要は以下のとおりです。

株式会社Xは、公開会社ではない株式会社であって、会計監査人を置かないもの、Yは、X会社の監査役であった者であり、その監査の範囲は会計に関するものに限定されていた。

X会社において経理を担当していた従業員は、多数回にわたりX会社名義の当座預金口座から自己の名義の預金口座に送金し、合計2億3523万円余りを横領した。本件従業員は、上記の送金を会計帳簿に計上しなかったため、本件口座につき、会計帳簿上の残高と実際の残高との間に相違が生じていた。本件従業員は、上記の横領の発覚を防ぐため、本件口座の残高証明書を偽造するなどしていた。

Yは、X会社の計算書類等の監査を実施した。Yは、各期の監査において、本件従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かないまま、これと会計帳簿とを照合し、上記計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどした。その上で、Yは、上記各期の監査報告において、上記計算書類等がX会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明した。

その後、取引銀行からの指摘を契機に上記の横領が発見した。

そこでX会社が、Yに対し、Yがその任務を怠ったことにより、X会社の従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して、会社法423条1項に基づき、損害賠償を請求したもの。

原審である東京高等裁判所は、次のような理由でX会社の請求を棄却しました。

監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役(会計限定監査役)は、会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することを主たる任務とするものであり、計算書類等の監査において、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば、任務を怠ったとはいえない。

なお、ここでいう「計算書類」とは、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書及び個別注記表を、「会計帳簿」とは、計算書類及び付属明細書の作成の基礎となるもので、具体的には、仕訳帳、総勘定元帳、各種の補助簿等を指しています。

これに対して、最高裁は、次のように判断して原審を破棄して東京高裁に差し戻しました。

監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において、監査役は、計算書類等につき、これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い、会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている。この監査は、取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって、会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき、上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し、その信頼性を高めるために実施されるものと解される。

そうすると、計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。そして、会計限定監査役にも、取締役等に対して会計に関する報告を求め、会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていることなどに照らせば、以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。

そうすると、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない。

判断が分かれた理由は何でしょうか。

原審は、会計帳簿を作成するのは、取締役又はその指示を受けた使用人であり、会計帳簿については、監査役の監査を受けることを義務付ける法令の規定はない、使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは、取締役(当該使用人の上司たる使用人(管理職等)であって取締役の指示を受けたものを含む。)の業務であって、使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは、会計限定監査役の本来的な業務ではないと考えられる、としたうえで、そこから直ちに、「計算書類(貸借対照表を含む。)を作成するのは、取締役又はその指示を受けた使用人である(会社法435条)。計算書類(貸借対照表を含む。)については、会計限定監査役の監査を受けることが義務付けられている(同法436条)。会計限定監査役の監査における主な任務は、会社計算規則59条3項及び121条2項によれば、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかであって、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りるものと考えられる。」との結論を導きました。

これに対し、最高裁は、会計帳簿が取締役等の責任に基づいて作成されるものであることを前提に、しかし、監査役の調査権限等を理由に上記のような判断をしました。

会計限定監査役の置かれている非公開会社は、一般には比較的規模が小さく、また監査役となる者も会計の専門家とはいえない場合が多いことから、今回の最高裁の判断は、実際問題として監査役に重い課題を課したようにも思います。場合によっては、今後、会計の専門家である会計参与を置くことを検討することも必要かもしれません。もちろん、会計参与は業務執行機関であることから、会計参与をおくことによって監査役の責任が減ずることにはなりませんが、会計帳簿や計算書類の正確性が増すことは考えられます。           以上

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