【新判例紹介】最高裁令和2年10月13日判決― (メトロコマース事件)
売店業務に従事する正社員に対して退職金を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。 ―最高裁令和2年10月13日判決―(メトロコマース事件)
原審:東京高裁の判断(平成31年2月20日判決)
有期労働契約は原則として更新され、定年が65歳と定められており、実際にも控訴人らは定年まで10年前後の長期間にわたって勤務していたこと、契約社員Bと同じく売店業務に従事している契約社員Aは、平成28年4月に職種限定社員に名称変更された際に無期契約労働者となるとともに、退職金制度が設けられたことを考慮すれば、少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(退職金の上記のような複合的な性格を考慮しても、正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる。)すら一切支給しないことについては不合理といわざるを得ない。
したがって、上記(ア)の労働条件の相違(売店業務に従事している正社員には、勤続年数等に応じて退職金規程に基づく退職金が支給されるのに対し、契約社員Bには退職金制度がない。)は、労使間の交渉や経営判断の尊重を考慮に入れても、上記控訴人らのような長期間勤務を継続した契約社員Bにも全く退職金の支給を認めないという点において不合理であると評価することができるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
として、契約社員に対する退職金の不支給を不合理としたことに対し、最高裁が判断を示したものです。
退職金に関する最高裁の判断
まず、結論として最高裁は退職金支給の有無に相違がある点を不合理とはいえない(支払わなくてよい)としました(但し、宇賀克也裁判官の反対意見があります)。
判断のポイントとなる事情は以下のとおりです。
退職金の性質
上記退職金は、上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、第1審被告は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。
「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」
正社員は、販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、契約社員Bは、売店業務に専従していたものであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。また、売店業務に従事する正社員については、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なく、これを拒否することはできなかったのに対し、契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかったものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)にも一定の相違があったことが否定できない。
「その他の事情」
売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては、第1審被告の組織再編等に起因する事情が存在したものといえる。また、第1審被告は、契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。これらの事情については、第1審原告らと売店業務に従事する正社員との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり、労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下,職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。
結論
第1審被告の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば、契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。
本件においては、契約社員においても正社員への登用制度が設けられていることが、「その他の事情」として大きく評価されているようにも思います。会社としては、このような契約社員から正社員への正規の登用制度を設けることを検討すべきでしょう。
住宅手当および褒章
原審東京高裁の住宅手当に関する判断
住宅手当は、従業員が実際に住宅費を負担しているか否かを問わずに支給されることからすれば、職務内容等を離れて従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであり、その手当の名称や扶養家族の有無によって異なる額が支給されることに照らせば、主として従業員の住宅費を中心とした生活費を補助する趣旨で支給されるものと解するのが相当であるところ、上記のような生活費補助の必要性は職務の内容等によって差異が生ずるものではないし、第1審被告においては、正社員であっても転居を必然的に伴う配置転換は想定されていないというのであるから、勤務場所の変更によっても転居を伴うことが想定されていない契約社員Bと比較して正社員の住宅費が多額になり得るといった事情もない。
(略)
上記(ア)の労働条件の相違(売店業務に従事している正社員は、扶養家族の有無によって異なる額の住宅手当を支給されるのに対し、契約社員Bは、扶養家族の有無にかかわらず、住宅手当を支給されない。)は、不合理であると評価することができるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
原審東京高裁の褒章に関する判断
褒賞は、「業務上特に顕著な功績があった社員に対して褒賞を行う」と定められていることが認められるが、実際には勤続10年に達した正社員には一律に表彰状と3万円が贈られており、上記要件は形骸化しているということができる。
そうであるとすれば、業務の内容にかかわらず一定期間勤続した従業員に対する褒賞ということになり、その限りでは正社員と契約社員Bとで変わりはない。
(略)
したがって、上記(ア)の労働条件の相違(売店業務に従事している正社員は、①勤続10年に表彰状と3万円が、②定年退職時に感謝状と記念品(5万円相当)がそれぞれ贈られる。これに対し、契約社員Bは、これらは一切支給されない。)は,不合理であると評価することができるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
最高裁の判断
上記原審東京高裁の判断をいずれも是認し、住宅手当及び褒章に相当する損害金に支払いを命じています。
早出残業手当
早出残業手当につき売店業務に従事している正社員は、所定労働時間を超えて労働した場合、初めの2時間については割増率が2割7分であり、これを超える時間については割増率が3割5分であるのに対し、契約社員Bは,1日8時間を超えて労働した場合、割増率は労働時間の長短にかかわらず一律2割5分である、という労働条件の相違について、原審東京高裁判決は、不合理と認められるものに当たる、としていましたが、本件上告人の中にこれに関連するものが含まれていなかったため、この点について最高裁は判断していません。