労働時間とは?
テレワークについて解説する前に、まず「労働時間」について確認しておきましょう。
労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。
三菱重工業長崎造船所最高裁判決(抜粋)
この様に、労働時間かどうかを決めるポイントは「指揮命令下」にあるかどうかであり、事業場(職場)にいるかどうかは、その判断要素の一つに過ぎません。
テレワークでは、この労働と非労働を分ける本質である「指揮命令」の確保が難しいことから、その手法を解説していきたいと思います。
なお、厚生労働省の「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/content/000553510.pdf)がありますが、あまり本質的ではない制度紹介や環境整備にとどまっており、実務的な運用の面では余り参考になりません。
例えば、ガイドラインには「中抜けする場合は「休憩時間」又は「年休」として処理することができます」であるとか、部屋の明るさ・室温などについても参考情報が記載されています。基礎知識としては知っておいた方が良いと思いますが、問題は「そこじゃない」と思います。
職場という環境なしに、ただ単に自宅にパソコンを用意すれば、従業員が勝手に効率的に仕事をしてくれるというものではありません。目新しさのあるうちはともかく、中長期的には、作業プロセスや人事評価プロセスもあわせた総合的なシステムを構築していかなければ、必ず作業効率は落ちていきます。
テレワークにおける勤怠管理・時間管理
時間管理の手法
前述したとおり、労働時間の判断において、重要なのは「指揮命令下」かどうかであって、オフィスにいるかどうかではありません。したがって、在宅ワークであっても、事業場外みなし労働時間制や裁量労働制の様な特別な取り決めがない限り、オフィスに勤務する労働者と同様に、労働時間管理が必要になります(なお、事業場外みなし労働時間制や裁量労働制でも労働時間の管理・把握が全く必要ないというわけではないので注意が必要です)。
時間管理の手法としては、一般に、使用者・管理監督者による確認、自己申告、タイムカード、パソコンの使用時間などが利用されておりますが、使用者等による直接の確認以外の手法については、テレワークでも基本的には変わりません。始業及び終業については、勤怠管理ソフトが提供するWEB上のタイムカードや、パソコンの使用時間によって把握することになります。
しかしながら、テレワークの場合にどうしても気になるのは、職場と異なり、実際に作業をしているのかわからないこと、周りの目がなく中抜けや休憩がしやすく、中にはサボる従業員がいるのではないか、という点です。
対策① ZoomなどWEB会議ツールを常時接続しておく
有効性は非常に高い
対処方法としては、WEB会議ツールの常時接続という方法が考えられます。仕事中常に、映像を通じて見られているのであれば、長時間の休憩などを行うことは難しくなります。
また、常時接続されていれば、指示なども問題なく行うことが可能であり、意思疎通もやりやすいという利点があります。
そのため、在宅ワークを行う人物が少人数である場合には非常に有効な労働時間管理・指揮命令手段と言えます。
難点も多い
もっとも、この方法には難点もたくさんあります。
- 多数の社員がテレワークをした場合、回線が重くなったり、使用ソフトによっては費用が掛かる。
- 多数の社員がテレワークをした場合、それをモニターする側の人物の負担が大きい
- 事業場側に設備がそろっていないと、WEB会議ツールをつなぐ機器不足になる可能性がある
- 常に見張られていることが、従業員の作業効率の観点から、効率的ではない可能性がある
1~3に記述したとおり、WEB会議ツールを常時接続する方式でのテレワークは、大規模な在宅ワーク、例えば、全従業員を在宅ワークにする様な場合にはまったく不向きです。その様な大規模なテレワークをこの方式で実現しようとすると、非常に大きな設備コスト・管理コストを負担することになってしまいます。
採用する場合は、家庭的な事情で従業員の一部が在宅ワークをせざるを得ない場合など、小規模な単位で行う必要があります。
また、画面を通じた監視というのは、場合によっては、実際に事業場にいるよりもストレスを感じる可能性があります。ちょっとしたトイレ休憩・喫煙・飲料/軽食など、事業場では自然に行うことができる行動でも、画面越しで受ける印象は異なって見えたり、異なって見えてしまうのではないかと従業員が委縮したりすることが考えられます。
したがって、常時接続による場合は、行き過ぎた監視にならないよう注意が必要になります。つい先日も、「テレハラ」という見出しで新聞報道がありましたが、人間は思っているよりも多くの情報を非言語的な要素(仕草、緊張感など)を通じて、他人の情報を得ておりますが、画面越しではこういったものが伝わらず、ストレス対人ストレスを抱えやすいのです。
対策② タスク型・ジョブ型労働との併用
専門職・企画職・研究職などに向いた時間管理
次に、労働時間と成果との結びつきを厳密にする一方で、労働時間管理に関してはそこまで厳格には管理しない(始業・終業・休憩の記録だけ)という方法が考えられます。
どういうことかというと、一日あるいは数日単位における、労働の成果を要求し、その期限内にしっかり成果を上げてきた場合には、相応の人事評価を行う一方で、成果が上がらない、あるいは、十分な努力が認められない場合には、人事評価において考慮するということです。
この様な手法が上手く機能する場合は、有能な社員がモチベーションを維持でき、働きやすい職場環境を作ることになります。発想としては、裁量労働制と同様のものであり、専門的な職種、企画・研究職などでは、この様な働き方が向いている場合があります。
タスク管理・ジョブ管理を行う管理監督者の能力が重要
もっとも、この方法を採用する場合、日々のタスク管理を細かく決めなければなりません。タスクの決定は、従業員本人または管理監督者が立て、これをチームなどで協議・検討することになりますが、そもそもこうしたタスク決定自体に時間を取られてしまうと、生産性向上にはつながりません。
また、タスクを決定する責任者が、適切な量と質を決められないと、到底不可能な膨大なタスクを課したり、逆に、容易に完了できる仕事しか与えないという自体が発生します。
したがって、この様な方式を採用する場合には、どの程度のタスクを与えるのかを決定するプロセスが、慎重すぎても効率が落ちますし、放任しすぎても効率が落ちるため、作業計画の立て方には十分注意を払わねばならず、特に、そのチームの責任者の能力に成果が依存し易い方式と言えます。
効率よくタスクを与えるためには、一定の作業ルーティーンを構築して、そのルーティーン業務に充てる時間と、各自が自己固有の作業に充てる時間とを切り分けることが考えられます。
なお、作業ルーティーンがある程度決まっている職種であれば、専門職でなくとも導入は可能ですが、あまり細々した事務を行う従業員に対してこれをやってしまうと、そもそも適切なタイムテーブルの設定が困難であることに加えて、業務が硬直的になり、仕事を「こなす」だけになってしまうリスクがあります。
対策③ チャットや電話での連絡とペースメーカーの設定
テレワークでは「平常的な業務」の管理・監督が重要
以上の2方式の中間的な方式として、テレワークをしている従業員については、チャット・電話などを用いて、意識的に連絡を取り合うとともに、職場にはテレワークの従業員と類似する業務を行っている従業員をペースメーカーとして配置することが考えられます。
テレワークの導入にあたっては、作業確認や意思疎通に気を遣う必要があり、日々のミーティングをしっかりやっていく必要はありますが、グループやチーム全体を集めてのミーティングは時間もある程度決まっていますし、事前にその開催時間調整も必要ですので、「ミーティングだけ出ておけばいいや」という発想にもつながりかねません。
そのため、より平常的な部分でもしっかり連絡手段や命令手段を確保しておかなければなりません。そのためのツールとしては、WEB会議アプリもあるものの、既に述べた様に、問題点も多く、より導入しやすいツールとしてチャットや電話を利用することが考えられます。
また、これに合わせて、成果の面でもある程度の指標を立てるため、類似の職種の従業員を職場に配置して、その人物の成果と比較してテレワークでの労働者の成果が見劣りしていないかを評価するという方式が考えられます。
導入コストは低いがモニタリングには不安がある
チャットや電話連絡については、既に導入している企業も多数あり、導入コストという観点では比較的負担は軽いものの、他方で、社用携帯でも利用できてしまう場合、作業をやっていなくてもチャットや電話連絡には応答できる状態が発生しかねません。
また、デスクトップパソコンで操作する場合でも、パソコンの前にはいても、作業をしているかどうかは分からないため、モニタリングの面では不安が残ります。
そのため、作業自体がしっかり行われていることを担保するためには、やはり、一定の成果指標が必要となってきます。この観点では、前に述べたタスク管理という方式も考えられますし、類似の作業を行っている従業員が存在する場合には、そのような従業員をペースメーカーとして比較・評価するという方式もあり得ると考えます。
時間管理は本質ではない
テレワークでは「時間管理」という側面での検討が多く行われており、本コラムのタイトルにもその用語を使用しておりますが、その本質は、労働時間管理の問題ではなく、在宅でありながら、どれだけ労働の質と指揮監督機能を高められるかという問題です。
したがって、労働時間自体は勤怠管理ソフトに任せてしまってもよく、むしろ、その所定労働時間内に、どれだけの作業ができるのか、その監督・評価手法をどうするのか、どうやって作業を配分するのかを考えていくべきなのです。
テレワーク下における時間管理ないし指揮監督機能と従業員の労働の質を維持するための手法を3パターン挙げましたが、これらの手法は両立しうるものです。また、テレワークが適するかどうか、そして、テレワークにおける適切な監督手法は、従業員の職種や業務内容によって変わってきます。
基本的な発想としては、①平常的な連絡手段の確保、②作業ルーティーンの構築、③タスク管理、④成果型の評価がポイントであり、これらに濃淡をつけながら組み合わせて制度を作っていく必要があります。
遠隔地にいながら、労働の質を落とさないためには、作業や人事評価面での適切なプロセスを整備することは容易なことではなく、試行錯誤が必要だということは覚悟したうえで、会社の形態・規模、テレワークを行う従業員の職種・業務内容を検討して、自社に合ったテレワークの形態を構築していくため、本コラムを参考としてご活用ください。