概要
民法(債権法)改正
平成29年第193回通常国会において、明治民法制定以来の大幅な民法改正が行われ、令和2年(2020年)4月1日に全面的に施行されることとなりました。
これに伴い建設工事標準請負契約約款が改正されました。建設工事標準請負契約約款は、多くの建設事業者の契約書において使用・引用されており、改正は実務的に大きな影響があります。
民法改正に目が行きがちですが、原則としては約款を含めた契約書のルールが優先しますので注意が必要です(なお、「強行規定」と言って、契約書のルールが優先されない場合もあります。例えば、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(品確法)の規制や、「消費者契約法」の規制がこれに該当します。)。
建設工事標準請負契約約款の種類
建設工事標準請負契約約款には、以下の4種類があります。
- 公共工事標準請負契約約款
- 民間建設工事標準請負契約約款(甲)
- 民間建設工事標準請負契約約款(乙)
- 建設工事標準下請契約約款
このうち、甲・乙とあるのは、甲が「比較的規模の大きな工事」、乙が「個人住宅等、比較的規模の小さな工事」を念頭に置いて作成されたものです。
解説
契約不適合責任(担保責任) 追完請求権
改正民法では、民法から「瑕疵」という用語がなくなり「契約不適合責任」という表記に統一されました。また、「修補または代替物の引渡し」による追完請求が明文化され、発注者は期間を定めて追完請求を行い、これが行われない場合には代金減額請求が可能となりました。
請負契約約款においても、これにあわせて、追完請求権と追完請求が行われない場合の代金減額、契約解除、損害賠償請求を定めています。
担保責任の存続期間
旧民法のルール
旧法では請負における瑕疵担保責任では、まず引渡しから1年、建物その他土地工作物では5年、土地の場合は10年以内に「具体的な請求」をしなければならないとされていました(権利保存のための期間)。
また、それぞれの期間内に「具体的な請求」をした場合には、解釈上、請求時点からさらに一般の消滅時効(5年または10年)の時効にかかるとされていました。
この「具体的な請求」は、判例によれば次のように解釈されていました。
「具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し,請求する損害額の算定の根拠を示すなどすれば,損害賠償請求権が保存される」(最高裁平成4年10月20日判決)
文字で示すとピンと来ないかもしれませんが、損害額の算定の根拠を示すという作業は、かなりハードルが高いと言えます。
実態に即して考えてみると、
- 契約不適合箇所の認知し(分かりやすく不具合が発現することばかりではありません)
- これについて請負人との間で、修繕方法の検討・協議を行い、
- その結果、請負人から拒絶され、
- そこから発注者が適切だと思う修繕方法を検討し、
- これについて他の業者から見積書を作ってもらい、
- その上で相手方に請求する
という流れになりますが、不具合の認知までに時間がかかったり、請負人との協議検討に時間をかけていると、時間はあっという間に過ぎていきます。
改正民法のルール
しかしながら、改正法では、契約不適合を知ったときから1年以内に請求すれば権利が保存されるとしています。また、具体的な請求ではなく契約不適合の通知で足ります。この「契約不適合の通知」は、大まかに不適合の種類・範囲を通知すればよいと考えられているので、旧民法よりはかなりハードルが下がっています。
なお、消滅時効が5年に統一されたことから、権利保存により具体化した請求権の存続期間も5年となりました。
旧民法 | 改正民法 | |
起算点 | 引渡し | 知ったとき |
権利保存期間 | 1年 | 1年 |
権利保存の方法 | 具体的請求 | 通知 |
消滅時効 | 5年又は10年 | 5年 |
改正約款のルール
改正約款では、民法の規定とは異なるルールを設けております。すなわち、改正約款でも旧約款と同様に、原則として「引渡しから2年」とされています。
もっとも、設備機器本体等の契約不適合については、引渡時に直ちに検査を行い履行の追完を請求しなければならなず、例外的に、一般的な注意のもとで発見できなかった設備機器本体等の契約不適合については、引渡しから1年までの間は請求できるとしています。
また、権利の保存方法については、「具体的な請求」を原則としつつも、期間内に「契約不適合の通知」をすれば、その時点から1年間延長されることとなります。
改正約款 | |
起算点 | 引渡し |
権利保存期間 | 原則 :2年
本体等 :直ちに ただし、発見困難なものは1年 |
権利保存の方法 | 原則:具体的請求
例外:権利保存期間内に契約不適合の通知をした場合は、その時点から1年以内に具体的請求を行う。 |
消滅時効 |
発注者の解除
改正民法では、「催告解除」と「無催告解除」が区別されて規定されました。
催告解除とは、解除の前段階として「履行」を求め、それでも相手方が債務を履行しない場合に解除するものです(例えば、「1週間以内に代金を支払え、支払わないと解除する。」という場合。)。
無催告解除とは、「履行」を求めることなく解除する場合です。(例えば、「暴力団に資金が流れていることが判明したから、契約は解除する。」というような場合。)。
これを受けて、約款でも催告解除と無催告解除が分けて記載され、解除事由として以下が追加されました。
- 催告解除 「正当な理由なく、履行の追完がなされないとき」
- 無催告解除「引き渡された工事目的物に契約不適合がある場合において、その不適合が目的物を除却したうえで再び建設しなければ、契約の目的を達成することが出来ないものであるとき」
請負代金債権の譲渡
改正民法では、中小企業の資金調達手段として債権譲渡の活用が図られており、債権譲渡を行った当事者間では常に有効とされています。
もっとも、債権譲渡による資金調達とは、支払いまで時間がかかる債権を、譲渡あるいは担保提供して、一定の手数料を差し引いて支払ってもらうというものであり、要は、手元の運転資金が不足していることから、請負代金債権を譲渡して早期に現金化するものです。
しかしながら、この様な債権譲渡は、発注者の立場からすれば、代金が自分が発注した工事のために使われないことになりかねず、不安です。
そのため、約款においては、公共工事の約款では発注者からの承諾がない限り、代金債権の譲渡を禁止しており、民間工事約款では選択的な記載としています。
その他
その他の約款の改正点として以下があります。
①監理技術者補佐を設置した際に発注者に通知する義務
②著しく短い工期を設定することとの禁止
③破産管財人等による解除の場合においても違約金の支払いを保証する条項(公共工事のみ)