瓦版ACLOGOS(8)

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最高裁は、令和6年7月4日、労働基準監督署長が、労働保険徴収法12条3項に基づくメリット制の適用を受ける事業の事業主であるY財団に使用されていたXに対し、同人が業務に起因して疾病にり患したことを理由として、労働者災害補償保険法に基づき、療養補償給付及び休業補償給付の各支給決定をしたことに対し、これを不服としてY財団が上記各支給処分の取消しを求めたところ、第一審の東京地裁はY財団には原告適格がないとして当該訴えを不適法として却下したところ、控訴審の東京高裁は、「特定事業(労災保険制度における事業主に対する労働保険料率の増減を図るメリット制の適用を受ける事業主のこと)においては、当該事業につき業務災害が生じたとして業務災害支給処分がされると、当該処分に係る業務災害保険給付等の支給額に応じて当然にメリット収支率が上昇し、これによって当該特定事業主のメリット増減率も上昇するおそれがあり、これに応じて次々年度の労働保険料が増額されるおそれが生じることとなる。したがって、特定事業主は、自らの事業に係る業務災害支給処分がされた場合、同処分の名宛人以外の者ではあるものの、同処分の法的効果により労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれがあるから、特定事業主は、自らの事業に係る業務災害支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによってこれを回復すべき法律上の利益を有するものというべきである。」としてY財団の原告適格を認め、東京地裁に差し戻したところ、控訴審判決を不服として国が上告した事件について、控訴審を破棄してY財団の原告適格を否定した第一審判決を正当とする判決がなされました。

最高裁判決要旨

① 労災保険法は、労災保険給付の支給又は不支給の判断を、その請求をした被災労働者等に対する行政処分をもって行うこととしている。これは、被災労働者等の迅速かつ公正な保護という労災保険の目的に照らし、労災保険給付に係る多数の法律関係を早期に確定するとともに、専門の不服審査機関による特別の不服申立ての制度を用意することによって、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図る趣旨に出たものであって、特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない。

② 労働保険料の額は、申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り、労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い。

③ 特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならないものと解するのが相当である。そうすると、特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に上記の決定に影響を及ぼすものではないから、特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない。

④ したがって、特定事業の事業主は、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しないというべきである。

⑤ 以上のように解したとしても、特定事業の事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから、上記事業主の手続保障に欠けるところはない。

解説

上記メリット制の下では、労働災害について労災保険給付の支給決定がなされると、労働保険率が引き上げられ、事業主が納付する保険料が増額するおそれがある。このような場合、事業主は原告として直接当該支給決定を取消す旨の訴訟を提起できるのか、というのが本件の論点である。

かつて、最高裁は、労災保険法に基づく保険給付の不支給決定取消訴訟において事業主が労働基準監督署長を補助するため訴訟に参加することが許されるかどうかが争われた事案において、「徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業においては、労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると、行政事件訴訟法33条の定める取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、当該事業の事業主は、労働基準監督署長の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有し、これを補助するために労災保険給付の不支給決定の取消訴訟に参加をすることが許されると解するのが相当である。したがって、抗告人のD工場(D工場につき徴収法9条による継続事業の一括の認可がされている場合には、当該認可に係る指定事業)が徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業に該当する場合には、本件処分が取り消されると、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、抗告人は、栃木労働基準監督署長を補助するために本案訴訟に参加することが許されるというべきである。」(最決平成13年2月22日)と述べて、事業主に補助参加の利益を認めました。

これに対し、事業主が支給決定に対して原告として直接その取消しを求めることはできないとするのが本件判決です。

ところで、厚労省は本件の控訴審判決の前に、「労働保険徴収法第12条第3項の適用 事業主の不服の取扱いに関する検討会」を立ち上げ、控訴審判決後である令和4年12月に検討会は報告書を公表しています。この報告書に基づき厚労省は令和5年1月31日、「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」(基発0131第2号)という通達を発しています。上記検討会報告書は、結論として以下のとおりまとめています。

① 保険料認定処分の不服申立等において、労災支給処分の支給要件非該当性に関する主張を認める。

② 保険料認定処分の不服申立等において労災支給処分の支給要件非該当性が認められた場合には、その労災支給処分が労働保険料に影響しないよう、 労働保険料を再決定するなど必要な対応を行う。

③ 保険料認定処分の不服申立等において労災支給処分の支給要件非該当性が認められたとしても、そのことを理由に労災支給処分を取り消すことはしない。

以上の検討会報告書と本件最高裁判決を併せ考えると、今後、特定事業主が保険料の増額を争う場合には、当該事業主に対する保険料認定処分につての不服申立て又はその取消訴訟において争うことになり、仮に特定事業主の主張が認められたとしても、被災労働者に対する労災支給処分に名影響しない、ということになるのではないでしょうか。

以 上