概要:不動産売買の手付金を返してもらえない
本件のご相談は、外国籍の方との間で、土地の売買契約を行い、手付金300万円を支払ったものの、その後、契約を解消したため手付金を返還したいというものでした。
しかし、相手方とは、契約解消の話をした途端連絡が取れなくなってしまい、契約書や登記に記載された住所には住んでいない様子で、所在が不明のまま手付金もかえって来ない状態となっていました。
仮差押の実行
本件では、売買の対象となった不動産自体は、まだ名義は売主に残っていましたので、相談を受けてすぐに「仮処分」を行うこととしました。
売主が所在が不明で、しかも外国籍となると、もしも不動産自体を売られてしまい、当人は国外に出てしまっていた場合には、現実問題として手付金を回収することは非常に困難です。
この様な場合、最終的には訴訟によって判決をもらい強制執行(強制競売)を行う必要がありますが、所在が分からないと訴状の送達にも時間がかかることも考えられ、その間に売られてしまっては目も当てられません。
この様な場合に、「訴訟が終わるまで」暫定的に権利を保全(守る)方法として、「仮差押」があります。
民事保全の種類と要件
民事保全の種類
「仮差押」は民事保全の一種ですが、民事保全には色々な種類があります。
- 仮差押
お金を請求する権利(金銭債権)を保全するために相手方の財産を暫定的に差し押さえる(処分を禁止する)
2.係争物に対する仮処分
お金以外の権利を保全するために、暫定的に処分を禁止したり(処分禁止の仮処分)、物の所持者の変更を禁じたり(占有移転禁止の仮処分)する。
3.仮の地位を定める仮処分
争いのある権利関係について、暫定的に一定の地位や権利関係を定める(例えば、裁判が終わるまで出版物の発刊を差し止める、通行妨害を禁止する、工事を進めるのを禁止する、労働契約に基づく賃金を仮払いするなど)もの。
仮差押と係争物に対する仮処分は、将来の「強制執行」に備えるためのものですが、仮の地位を定める仮処分は、強制執行に備えるためではなく、裁判を待っていては、深刻な問題(著しい損害または急迫の危険)が発生する蓋然性があるために、一応の権利関係を定める処分という点で特殊な手続きです。
民事保全の要件
「疎明」による迅速な審理
民事保全を行う場合、①被保全権利の存在、②保全の必要性について、裁判所に対して「疎明」する必要があります。また、③担保金を裁判所に納めなければなりません。
「疎明」とは、「証明」(合理的な疑いを差し挟まない程度に真実らしい)とまでは言えなくとも、「一応、確からしい」とは言える程度の立証活動が必要という意味です。
保全命令は、あくまで「暫定的に」処分を禁じたり、権利関係を定めるものですから、迅速に行われる必要性が高いため、「証明」までは不要としているわけです。
事案の複雑性や緊急性にもよりますが、申し立てから2週間程度で裁判所が担保金を定め、担保金を納めれば保全命令が発令されます。
なお、判決は当事者への送達が必要ですが、保全命令では債務者への送達は効力の発生要件ではないため、決定書が債務者に届かなくても、仮差押は可能です。
「担保金」の意味
保全処分は、「疎明」で発動されため、その後の訴訟等(本案といいます。)では、仮処分とは異なる結論になることもあり得ます。
その場合に、仮処分をしたことで、仮処分の相手方(債務者といいます。)に損害が発生した場合には、損害賠償をしなければなりません。
例題
・Bに対し1000万円の貸金を有するAが、債務者Bの所有する不動産について仮差押えをしたが、本案訴訟では、Aの貸金が既に時効により消滅していたため敗訴した。
・Bは仮差押時点で第三者に不動産を1200万円で売却しようと考えていたけれど、仮処分によって契約は白紙になってしまった。
・裁判が終わったのち、再度、売却しようとしたが、相場が下がっており1000万円でしか売れなかった。
☞ Bは、仮処分のせいで200万円の損害を受けたと言えます。
「疎明」でいいとしても、裁判所が発動した仮処分命令で相手方が損害を被ったのに、損害賠償は当事者任せでは、結果的には間違った仮処分で損害を受けた人がかわいそうです。
そこで、仮処分を行う際には、この損害賠償に備えて、「担保金」を裁判所に納めなければなりません。
「担保金」の相場
担保金がいくらになるかは、以下の要素を複合的に考慮して裁判所が定めるため、一概には言えません。
① 保全手続きの種類(仮差押え、係争物仮処分、仮地位仮処分)が何か
② 被保全権利の種類が何か
③ 被保全権利の存在や保全の必要性の疎明の程度は十分か
④ 対象となるものが何か(不動産、預金、預金以外の債権など)
上記を前提としつつも、目安をいうとすれば、
仮差押/処分禁止の仮処分では 目的物の評価額の10~30%
程度といえます。
ただし、目的物の評価額がはっきりしない場合などでは、被保全債権の額を考慮する場合もあり得ます。
具体的な対応と結果
本件では、相手方(債務者)の所在が不明であり、依頼者の主張だけでは裁判所に対する説得力に乏しいことから、売買を仲介していた不動産事業者に協力を求めました。
仲介業者からの詳細な経緯にかかるメールのやり取りや聞き取り結果の報告書(陳述書)を証拠(疎明資料)として提出するとともに、契約締結時に300万円をしはらったこと、解除の原因が契約書に記載された条項に基づいていること、売買契約が適切に解除されていること等を、申立書にて説明を行いました。
その結果、請求債権額300万円に対して、担保金は30万円と請求金額の10%での仮差押を認めてもらうことができました。
仮処分では、
① どのような手続きを選択するのかの検討
② 早期に申し立てをする一方で、裁判所が判断をするのに十分な申立理由と資料を揃えられるか
③ 担保金額をできるだけ抑えられるか
これらの点で、非常に専門的な手続きです。
裁判や調停を考えてはいるけれど、その間に、目的となる物件を売ってしまったらどうしよう、という不安を感じる場合には、弁護士法人ACLOGOSまで、お気軽にご相談ください。