裁判と管轄
裁判を提起する場合、どの裁判所に起こせばよいかという問題があります。この、裁判所が処理する事件の範囲のことを「管轄」と言います。
管轄の決め方には民事訴訟法上様々なルールがありますが、中でも「不法行為」の場合、その「義務履行地」が管轄裁判所とされており、金銭債務の「義務履行地」は、「債権者の住所地」が原則です。要は、不法行為を訴えた人の住所地の裁判所に訴えを起こすことが出来てしまうのです。
もっとも、不法行為は契約事のように、ある程度の根拠がある場合ばかりでなく、いわば「言いがかり」に近い様な言い分でも訴えを起こすだけなら出来てしまいます。この様な「言いがかり」に近い訴訟なのに、相手方の住所地の裁判所に訴えが起こされてしまい、そのままにしていると、言いがかりの様な裁判のためにわざわざ県外に行かなければならないという問題が発生します。
この様な管轄の抜け道を知っている弁護士は、出来るだけ自分に有利なように裁判を進めるために、訴訟の審理からすれば非効率的なのにあえて自分の近くの裁判所で訴えを起こすことがあります。
事案の概要
今回ご紹介する事案は、とある会社に対して、元従業員が集団で那覇地方裁判所に訴えを提起していた事案ですが、その企業は、逆に、この原告らに対して、会社のノウハウや取引先企業の情報などを流用したなどとして、訴訟を起こしました。
しかしながら、この企業は、沖縄に営業所を持っており、原告らも沖縄の営業所の従業員であり、取引先企業も沖縄にいるという、どう考えても沖縄で審理をした方が効率的な事案でした。にもかかわらず、この企業は沖縄の裁判所ではなく、県外の本社近くの裁判所に訴訟を提起しました。
これは、元従業員が経済的・時間的な余裕がないため県外で裁判をすれば元従業員側の負担が大きいことや、裁判自体に時間をかけさせて持久戦を仕掛けたいという魂胆が見え見えです。
移送申立て
この様な場合の対応策として「移送申立て」があります。移送申立てとは、ある裁判所に申し立てられた事件を別の裁判所で審理して欲しいと申し立てるものです。
そもそも、相手方が管轄裁判所を間違えたような場合には裁判所の判断で移送されます(必要的移送)が、今回のように、一応、形式的には管轄がある場合には、裁判所が自ら移送するのではなく、その裁判所で裁判をやるのが効率的ではないことを当事者が申し立てる必要があります(裁量的移送)。
民訴法 第十七条(遅滞を避ける等のための移送)
第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。
移送決定
この遅滞を避けるため等の移送については、当事者の経済的な格差、証拠や証人の所在など諸般の事情に基づいて判断されることになりますが、今回の事案は冒頭述べたように明らかに那覇地方裁判所での審理に適する事案でしたので、当然、那覇地方裁判所への移送が認められました。
ただし、理由のない申立てであっても、これに対して対応する場合、それなりの労力と時間が必要になってしまいます。また、移送を申し立てられれば確実に移送になりそうな事案であっても、形だけは争う姿勢を見せると、裁判所も移送決定書を書かねばならず、更に時間がかかります(争わなければ裁判所も簡単な内容で移送決定が出せます)。
不法行為の裁判管轄は、実務弁護士であれば誰でも知っていることですが、これを逆手にとって、訴訟戦略として利用することは会社が個人よりも経済力で優っていることを背景に、訴訟の継続を困難にさせようとする行為であって、極めて問題が大きいと考えます。
こうした事案は、率直に言って時間のムダですので、弁護士の良識によってなくすべきですが、現実には起こり得ることです。また、民事訴訟法には、管轄違いであっても、そのことに気が付かずに反論をしてしまうと、移送申立てが出来なくなる(応訴管轄)という制度があるなど、管轄の問題は非常に難しい問題です。
こうしたルールを知らなければ、訴訟を起こされてパニックになっている間に、いつの間にか相手型に有利な状況を作られていることにもなりかねませんので、本人訴訟として、ご自身で対応する場合であっても、訴訟を起こされた場合には、第1回目の口頭弁論期日の前に、必ず、ご相談ください。
(相談をしたから、代理人にしなくてはいけないとか、失礼にあたるということは全くありません。)