事案の概要
現在、海外に拠点を置く日系企業は多数ありますが、本件は、海外(台湾)拠点企業が日本国内の取引先(個人)に対して売却した物品の売掛債権回収をした事案です。
売掛債権の消滅時効
売掛債権は2020年4月1日施行の民法(改正民法)では消滅時効が5年となりましたが、改正民法施行以前の民法(旧民法)では2年という短期の時効期間が定められておりました。
消滅時効期間が5年であろうと2年であろうと、早期解決が重要であることに変わりはありませんが、実際に債権回収の交渉をしていてみると、2年という期間は非常に短い期間であり、その間に時効中断手段を取らないといけないというのは思いのほか大変です。
本件でも数回にわたる取引のうち最初の取引については、時効期間の満了が迫っておりました。
時効の中断・停止
消滅時効とは、法定の時間経過と時効援用の意思表示によって、権利を失効(消滅)させるという法制度です。この様な制度がないと、20年も30年も経ってから急に、「やっぱりお金払って」ということが起こり得ますが、それでは債務者の立場が非常に不安定になりますし、債務者が証拠を紛失したり記憶が曖昧になっているために返済を立証できないことも考えられるほか、当事者だけではなく裁判所など関係者のコストも大きくなります。
他方で、時効制度だけではどうしても「逃げ得」の問題が発生します。そこで、時効制度には、時効期間とともに、「停止」と「中断」という制度があります。
時効の停止(完成猶予)とは
時効の停止(完成猶予)とは、法定の事象が発生した場合には、当該事象が継続している間や、法定の一定期間は時効が完成しない(成立しない)という制度であり、旧民法では「停止」、改正民法では「完成猶予」と呼ばれます。
具体的には、天災により時効中断手続をとることが難しい場合、夫婦間の債権の場合、債権者が事理弁識能力を欠く場合で後見人等がいない場合などがあります。
もっとも、時効の停止については、そもそも適用される局面が限定的であるため、後述の催告による完成猶予を除いては、あまり存在感はありません。
その他、改正民法では、当事者間の合意によって完成猶予させることが出来るという制度が新設されましたが、どの程度実務的に広まるかは未知数です。
時効の中断(更新)とは
時効の中断(更新)とは、法定の事象が発生した場合に、一旦、その時点において、時効期間がリセットされるという制度です。例えば、貸金の支払期限から3年を経過した時点で、時効中断(更新)事由が発生した場合には、その時点で、再度イチから時効期間をカウントしなおすというものです。
時効の中断事由としては、訴訟・調停・強制執行・破産等倒産手続きへの参加、支払督促など、裁判所を利用した権利行使や権利主張が中心です(なお、厳密には訴訟・調停の提起自体は完成猶予であり、結果として権利が確定したときに中断(更新)となります)。
他方で、裁判外の行為でありながら、広く使われているのが「債務承認」です。これは、その名のとおり、債務者が自ら債務の存在を認めた場合に、時効を中断(更新)するというものです。
注意が必要なのは、この債務承認には「一部弁済」が含まれるという点です。
したがって、時効完成前に債務者に債務の存在を認めさせ、あるいは、一部でも支払いを受けることが出来ればその時点で、時効期間がリセットされることになります。
ただし、債務承認があってもそれが書面や録音で残っていなかったり、一部弁済があったのにそれが一体何のための支払なのか領収証等において明確にされていない場合では、承認の有無を巡って争いになることもしばしばあります。
裁判外の催告による完成猶予
以上のように、時効の停止(完成猶予)は、対象が限定的であり、他方、時効の中断(更新)事由は、債務承認という方法はあるものの、債務者が自ら債務を完全に認めるというケースはそれほど多くはないのが実情ですが、それ以外の時効中断(更新)事由は、裁判所を利用した手続きであるため、気軽には利用しにくいという問題があります。
そこで、債権回収の示談交渉において特に重要になるのは「裁判外の催告による時効完成の猶予」です。
これは、裁判外で催告(支払いの請求)をしたときには、その時点から6か月は時効が完成しないというものです(時効期間満了時から6か月ではなく通知時点から6か月です)。
したがって、時効期間が迫っている事案では、とりあえずは内容証明郵便で支払いの催告を行い、6か月の時間的猶予を得たうえで、この6か月の間に、債務者との交渉をし、交渉が上手くいかなければ訴訟提起を行うことになります。
事案の結末
本件では、依頼主が海外企業であったため、相手方の漢字氏名が分からず、ローマ字氏名も不正確でした。それでも一応住所地は分かっていたので、その住所地に通知書を内容証明郵便で送りましたが、受け取られませんでした。
そこで改めて、内容証明と普通郵便をあわせて送ったところ、しばらくして相手方の関係者から連絡があり、時効の完成を阻止しつつ、交渉を進めることが出来ました。
先方の言い分は以下の様なものでした。
- 一方的な卸価格の値上げがあったが小売価格に転嫁できず販売できなかった
- 取引保証金分は控除する必要がある
一方的値上げについては、会社と事実認識に食い違いがあったものの、結果として、相手方はそれを数回の取引にわたって受け入れていることから、支払い義務を免れるものではないということを複数回にわたり説得する一方、取引保証金については、取引開始が20年以上も前のことであり、その間、会社側の企業再編等により既に記録が存在しておりませんでしたが、確かに、他の取引先との間では新規に取引を始める際には保証金を受け取っていることから、本件でも受領している可能性があるとのことであったため、これを受け入れました。
結果、売買代金については100%回収、保証金の控除を考慮しても請求額の85%程度を回収することが出来ました。